三月の下旬、ちらほらと桜が咲き始めた頃だった。
俺はいつものBARを出た。
外は小雨が降っていた。傘がなかったのだが、俺は酔い覚ましにと思い、構わずに歩き出した。
ふと、反対側の歩道を見ると、一人の若い女性が、俺と同じようなトレンチコートの襟を立てて、傘もささずに歩いていた。いまの俺、そして二十年も前の彼女と同じように。
二十年前の同じような季節の頃だった。
俺はまだ若く、二十代の後半だった。
あの頃、いつも酒を飲みに行っていた新橋のBARで強かに飲み、電車はとっくの昔に運行を終えた時刻に俺は店を出たときのことだった。
さすがにこの時間になると、歩く人の姿も少なく、おまけにタクシーの空車も殆ど通らない。
悪いことには、雨も降りしきっていたと言う、ほぼ最悪の背景だった。
そんな中、反対側の歩道に一人の女性が傘もささずに歩いていた。
その後ろ姿が、雨にけぶり、何とも抒情的に俺には見えた。
ほっそりとして、長い髪がトレンチコートの襟から流れでており、綺麗な足のラインが赤いピンヒールの中でフィニッシュをしている。何とも魅力的な後ろ姿だった。
俺はしばらく佇み、彼女の姿が雨に霞んで見えなくなるまで、見送った。
あれ以来、雨のなかで見た名も知らない女性に、俺はずっと恋をしていた。
そして、あの時の俺の姿を重ねていた。
そう、彼女に俺の失恋の痛手を重ねていたのだった。
そしていつか、雨の歩道を傘もささずに歩いていた、あの抒情的なシーンが似合う彼女に会えるとの想いから、今日まで恋愛はしないことにしていた。
しかし、今日、またあの日の彼女のような後ろ姿を見ることができた。
俺は衝動的に反対側の歩道を傘もささずに歩く、その若いと思われる女性に声をかけてみたくなった。
俺はあたり構わずに反対側を歩く彼女に「お〜い、傘をささないと風邪をひくぜ」と、全く意識をしないうちに声をかけていた。
「は〜い、ありがとう、大丈夫よ。貴方こそ傘をさしていないじゃないの。それこそ風邪をひくわよ」と言われてしまった。
俺は思わず「そうか〜、心配してくれていたのか。そいつはどうも有難う。もう、二十年も君と再会できることを待っていたんだ。良かったら、この雨がやむまで、ちょっと雨宿り代わりに飲まないか〜」と、彼女に向かって叫ぶようにして言った。
「そうね〜、あの時の新橋以来ね〜。無事だったの〜。いいわよ、飲みましょ〜」
本当にあの時の彼女だったんだ。
信じられない想いだった。
こういうケースは再会とは言わないのだろうが、俺たちは再会を祝して乾杯をすることにしたのだった。
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