晩秋の篭坂峠。
見下ろすと、渓谷の紅葉が見事だった。
俺は、愛車“ベレット1600GTR”を駆り、ヒルクライムを続けていた。
快調なエンジン音を響かせ、早朝の篭坂峠を飛ばす。
この車、40年以上前に生産中止になった名車だ。
ポンコツ同様なのを見つけ、3年の歳月と、大枚400万円をはたいて新車同様に仕上げたのだった。
快調この上ない。
実に気持ちよく俺のドライビングに応えてくれる。
そう、今の時代には死語となった言葉ではあるが、俺はこのドライビングテクニックにこだわるあまり、旧車オタクになったのだった。
なって正解、こんなに気持ちの良い時間を、一人で専有できるだなんて、ちょっと他の趣味では味わえない。
しかし、どこにでもリスクってやつはあるものだ。
旧車を幾らレストアして、新車同様にしようとも、やはりそこにはトラブルの芽はあるものだ。
それまで快調に回り、俺をある種の官能の世界にいざなってくれていたG161Wのパワーユニットは、いきなり何の前触れもなく、息の根を止めてしまった。
しかもヒルクライムの最中だから、当然上り坂で。
俺は仕方なくく、約1Km下にある食事と土産物を商売にしている大きな店の駐車場まで、ベレGをバックでくだらせることにした。
駐車場に着くと、俺は逆アリゲーターと呼ばれる独特の開閉機構を持つベレGのボンネットを開け、点検を始めた。
どうやら燃料系統ではない様子だ。
SUタイプのキャブのジェットからはきちんと燃料が噴き出す。
そうすると、残るのはそいつを爆発させるための、スパークが出ないと言うことになるので、電気系統と言うことになる。
どこだろう、プラグは替えたばかりだし、もしかしたらデスビかな、などといじっていると「どうしました、故障ですか」と言う女性の声がするので振り向くと、俺と同世代の背の高いショートヘアーの女性が、メカニックが着るツナギを来て立っていた。
全くのスッピンだが、かなり美人であることは判った。
彼女の繋ぎには“篠田モータース”と言う縫いとりが施されていた。
「いい車ですね、私実はベレGの大ファンなんです。
しかもこれ、Rですもんね。
ちょっと見せてもらってもいいですか?これでも私、この手の車には強いんですよ」と言いながら、さっさと点検を始めた。
すると「デスビのシャフトが折れちゃってますね。
うちの会社にたぶんパーツがあると思いますから、取ってきて交換すればすぐにOKですよ。
このお店の中で待っててください、1時間もかかりませんから」と言い残すと、篠田モータースとドアに書かれた軽トラに飛び乗り、走り去っていった。
コーヒーを飲みながら待っていると、彼女が戻ってきた。
俺にのところには来ないで、いきなりベレGのボンネットを開けて、作業に取り掛かった。
あっという間にデスビの交換が終わり、彼女がエンジンを始動してレーシング(空吹かし)を繰り返し、異常が無いことを確認したのち、エンジンを止めて、ドアを施錠して店に入ってきた。
俺は彼女にもコーヒーを頼んで「ほんとうにありがとうございました」と礼を言い、料金の清算を頼んだ。
彼女は「それではパーツ代だけお願いします。
あとは私の趣味のようなものですし、憧れのベレGRに触れたんですから良いんです。
それと、点火系統をデジタル化してみたらどうでしょう。
案外簡単にできるはずです。
その時には連絡してくださいね、東京まで、ローダーで取りに行きますから」と言って名刺をくれた。
なんと、彼女は“株式会社篠田自動車工業代表取締役”だった。
その後、俺はベレGの点火系統をデジタル化する決心をして、彼女に電話をした。
そして、約束の土曜日に彼女はローダーの助手席に乗ってやってきたのだ。
薄くメイクを施し、Gパンに真っ白な地にフェラーリのロゴの入ったトレーナーを着て、その上に真っ赤なダウンを着た彼女の姿は、何ともいえずに美しかった。
様々説明をしてくれた後、彼女はベレGに乗り込むと、ローダーにそっと乗せて行った。
俺は彼女とベレGを見送り、次に納車に着てくれた時に絶対にデートの約束をするという、もう一つの決心をしたのだった。
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